ESADE MBA in BARCELONA      (PEPEです。バルセロナで学生してました。07年4月卒業)
by esade


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サハラ砂漠にて

今回、2泊3日の砂漠ツアーに参加したのだが、まあ、砂漠を体験するオママゴトのようなものだ。

それでも、文明の力に甘やかされて育ってきた私たち(今回のツアーに参加した日本、イギリス、スペイン、NZ、シンガポールの奴ら)には、十分すぎる経験だと思う。逆にこれ以上は無理であろう。

毎日歯を磨かなければ気がすまない、シャワーに入らなければならない、日焼けクリームを塗らなければ。。。喉が渇いたから水を飲もう、お腹が空いた、何か食べよう。 彼ら、砂漠人にとって、これらは贅沢のきわみである。

ラクダに乗せた荷物だけが生活の糧であり、水すらも限りある食料の一つだ。砂漠の中で何か獲物を捕まえたり、何かを釣ることもできない。あると思っていたオアシスさえ突如なくなることもあるのだ。恐怖心が砂嵐の中、体中をアドレナリンと伴に駆け巡る。

それと同時に砂と風と光と影が創り出す、究極の自然美に心奪われる。
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写真を見ても判るように、実は砂漠は砂だけではなく、草も生えているのだ。
しかし、この草、雑草のようにみえるが、雑草というより木といったほうがいいだろうか、とても硬く、うまく踏み潰さなければ、足に切り傷を生じさせるくらいである。サボテンも硬くてとげがあるが、このような雑草のような草も、過酷な環境で自分が生き続けるためにこんなに硬くなったのだろう。生命力の強さ、そして尊さに心を動かされる。

この砂漠ツアーでは、テントが用意されていたのだが、私は砂の上でそのまま寝た。(下には敷物をひいたが。。)
星を見ながら寝ようと思い、外で寝たのだが、曇り空で星が見えなかった。疲れからそのままうとうとしてしまったのだが、夜中に突然目が覚めて、ふと目を開けた時のその光景は今でも脳裏に焼きついている。雲が全くなく、一面、星が輝いていた。遮るものは何も無い。以前、アメリカのヨセミテで今回のように空の下でキャンプをしたことがあり、あの時の星空の美しさも素晴しいものだったが、今回、砂漠でみた星空も言葉を失うほどだった。
横で妻が寝ていたのだが、肩をゆすり起こし二人で感嘆の言葉を失うほど星空を見入った。

星座をいくつか教えていたときに、冬の星座、オリオン座が東の地平線上近くに見えた。
あそこにオリオン座が、と指をさしたとき、その斜め横を一つの流れ星が天空を駆け上がった。
おもわず二人はあっ、と同時に声を出し、そして、神秘的な時間に感謝した。

その後、30分くらい星空を見つづけただろうか、そんな短時間でも10個くらいの流れ星を見ることができ、夢のような瞬間を過ごすことができた。自然美の砂漠の中で自然が創り出す天空の劇場を見ることができたのは、一生忘れないだろう。

星空も流れ星もカメラでは写すことはできない。
しっかりと心のpictureに焼付けながら、翌日、喧騒のマラケシュへと戻るのだった。
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by esade | 2006-09-11 23:11 | LIFE

ビールが飲める喜び

モロッコは宗教がら、アルコールは禁止である。

ただ、マレーシアやインドネシアでは普通にどこでも売っていたので、全く問題ないものだと思った。
しかしレストランで他の人が飲んでいるのは、お茶やコーラや水である。
ビール、といってもNO といわれるだけである。

最初3日間は結局ビールを飲まずに過ごした。暑い中、体がアルコールを欲していたのはいうまでもない。スペインからウォッカとかジンとか持って来ればよかったと、後悔した。

3日目にして、日本語をしゃべる怪しいモロッコ人にビールを出してくれるお店を紹介してもらった。ホテルの一階にあるバーだった。
久しぶりに見る、黄金に輝く液体。
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そして最初の一口。

今、考えてみると大した味ではないのだが(バドワイザー並み)、なんと美味く感じたことか!

また一口。

知らずにもう一杯、頼んでいた。

本当に至福の瞬間を感じた時だった。
だけど、本当は持ち帰って自分のホテルの屋上で飲みたかった。
ホテルの屋上には、寝そべれる椅子があり、星を見上げながら飲みたかった。。。

<最後に>
スペイン(というか普通の国はそうだけど)ではスーパーでどこでも売っているし、どこのバーに行っても飲める。確かにある一定の場所ではアルコールを飲むことができるが、やはりレストランで食事しながら飲みたいし、ホテルのテラスで飲みたいのに、それができないモロッコはやはり私が住む場所ではない、と確信した。そして、イスラム教徒にも死んでもなれない、と確信した。
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by esade | 2006-09-08 05:51 | LIFE

土漠とオアシス

マラケシュからサハラ砂漠に行くツアーに参加したのだが、街並の風景からすぐに砂、一面の風景に変わるわけではない。

中・高校時代に地理の授業で習った、アトラス山脈を越えるのだが、これがまた一山越えると、また一山、その繰り返しであり、さすが授業で習うだけの大きな山脈なんだな、とへんなところで感心してしまった。
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そして山脈を越えて目に映るのは、土漠とオアシスである。

まだ砂になってない、土の状態の地表が延々と続き、緑が見えてきたと思うとそこに集落が現れ、人の姿が見える。
そんな風景が30-40キロごとに点在するような気がした。
途中、風が強く、砂漠からの砂嵐が舞うような天候の中、なにもない土漠のなかを一人の男が歩いていた。
おそらく前にみた小さなオアシスは20キロも前にあり、道路の先をみても辺り一面、土しか見えない。もしかしたら20-30キロ先じゃないと小さな村などないだろうと感じた。
彼はどこから歩き、そしてどこへ向かうのだろう。どのくらい時間がかかるのか考えながら歩いているのだろうか。もちろん時計など持ってないはずなので、太陽の光、もしかしたら月の光で時間を計算するのだろうか。 太陽の光は肌を突き刺すような光線であるが、もちろん歩いている男が何かの影で一休みすることなど無理である。光を遮るような物、場所は何一つないのである。
あの光景を見たとき、ふと宮本輝の「ひとたびはポプラに臥す」を思い出した。
宮本氏がタクラマカン砂漠を横断したときも、このような人物を描写していたことを思い出したのだ。今、こうやって現実の光景をまざまざと見せつけられて、どこかでみたことのある風景だなと感じたことと男が放す異様な存在感はあの本で書かれていた人物とを私が勝手に重ね合わせていたんだと思った。

途中、オアシスに立ち寄り、河で遊んでいる子供達がいた。
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彼らはどういう将来を生きていくのだろう。ただ、選択肢は1つか2つくらいしかないだろう。

魅惑の砂漠までは、広い土漠を越えなければならなかった。
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by esade | 2006-09-06 23:14 | LIFE

喧騒のマラケシュ

喧騒、そんな形容詞がぴったり当てはまるCaosに満ちた街、マラケシュ

モロッコの旅はここ、マラケシュから始まった。

車、馬車、ヘルメットもかぶらない二人乗りのバイク、おんぼろの自転車、縦横無尽に道を横切る人たち。クラクションと人の叫び声と馬車から放たれる馬の蹄の音。

想像だにしなかった光景が、私を迎えてくれた。

旧市街に宿をとった私たちは、荷物をホテルに置きその足で街へ出ようと思ったが、そこで歓迎を表すミントティーが振舞われた。 …甘い。(まさか、その後この甘ったるいミントティーが心地良くなるとは思いもしなかった)

歩いて5分強のところに、ジャマ・エル・フナ広場がある。
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日本人とみるや、コニチワ、サヨナラ、ナカタ、 トウキョウ、オサカ。。。 うざい。かなりうざい。
メキシコでも同じことがあったが、モロッコ人はメヒカーナよりしつこい。
オレンジジュースを飲みたかったが、体調を崩すといけないので、歯をくいしばり我慢。
翌朝、ホテルで出してくれたオレンジジュースは信用して飲んだが、美味しかった。

写真を撮ろうとするとお金を要求し、ただ見物するだけでもお金を要求する。そういう態度が気に入らないので、意地でも払わない。

眠らないフナ広場。

民族音楽が演奏され、魚や肉を焼く煙が蔓延し、その周りをオレンジジュースを売る屋台が囲む。人が縦横無尽に歩いている中、小さな椅子に座って、ヘンナタトゥーをしないかと言ってくるババァ。占い師の老人、物売りに物乞い。蛇使いの見世物に、コカコーラを釣り上げるUFOキャッチャーの原点のゲーム場。荷物をひったくろうと狙っている子供、そしてドラッグを売ろうとする若者。

ここではすべてが暗黙のルールの下で時が過ぎていく。

人間の創り出すエナジーは、とてつもなく大きいことを知った。

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by esade | 2006-09-05 02:14 | LIFE