ESADE MBA in BARCELONA      (PEPEです。バルセロナで学生してました。07年4月卒業)
by esade
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土漠とオアシス

マラケシュからサハラ砂漠に行くツアーに参加したのだが、街並の風景からすぐに砂、一面の風景に変わるわけではない。

中・高校時代に地理の授業で習った、アトラス山脈を越えるのだが、これがまた一山越えると、また一山、その繰り返しであり、さすが授業で習うだけの大きな山脈なんだな、とへんなところで感心してしまった。
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そして山脈を越えて目に映るのは、土漠とオアシスである。

まだ砂になってない、土の状態の地表が延々と続き、緑が見えてきたと思うとそこに集落が現れ、人の姿が見える。
そんな風景が30-40キロごとに点在するような気がした。
途中、風が強く、砂漠からの砂嵐が舞うような天候の中、なにもない土漠のなかを一人の男が歩いていた。
おそらく前にみた小さなオアシスは20キロも前にあり、道路の先をみても辺り一面、土しか見えない。もしかしたら20-30キロ先じゃないと小さな村などないだろうと感じた。
彼はどこから歩き、そしてどこへ向かうのだろう。どのくらい時間がかかるのか考えながら歩いているのだろうか。もちろん時計など持ってないはずなので、太陽の光、もしかしたら月の光で時間を計算するのだろうか。 太陽の光は肌を突き刺すような光線であるが、もちろん歩いている男が何かの影で一休みすることなど無理である。光を遮るような物、場所は何一つないのである。
あの光景を見たとき、ふと宮本輝の「ひとたびはポプラに臥す」を思い出した。
宮本氏がタクラマカン砂漠を横断したときも、このような人物を描写していたことを思い出したのだ。今、こうやって現実の光景をまざまざと見せつけられて、どこかでみたことのある風景だなと感じたことと男が放す異様な存在感はあの本で書かれていた人物とを私が勝手に重ね合わせていたんだと思った。

途中、オアシスに立ち寄り、河で遊んでいる子供達がいた。
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彼らはどういう将来を生きていくのだろう。ただ、選択肢は1つか2つくらいしかないだろう。

魅惑の砂漠までは、広い土漠を越えなければならなかった。
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by esade | 2006-09-06 23:14 | LIFE
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